「風鈴とポジティブシンキング」

夏の風物詩「風鈴」。涼やかに奏でられる音色。300年前の日本人の耳にも同じ音色が届けられていたことを考えるだけで感慨深くなります。江戸から続き、300年以上の歴史を持つガラス風鈴に「江戸風鈴」と名付けたのが私の伯父の篠原儀治です。平成16年に名誉都民の称号を授与された希少な江戸職人であり、現在、江戸のガラス風鈴製造の技術を受け継いでいる人間は伯父を含め篠風一族3名のみです。 ガラス風鈴は戦前までは東京の下町を中心に多くの業者が製造していましたが、第二次世界大戦末期に「平和産業」として廃業を余儀なくされます。職人は転職、軍需産業に転換する工場もあり、篠原硝子工場も廃業。しかし、終戦の翌年の9月に廃業していた篠原硝子工場は現墨田区業平で再び開業。焼け跡にちり混じりの熱風が吹く日のことだったそうです。工場の仕事は、焼け跡に落ちているガラスの破片を集めることから始まり、集めた破片を溶かして、まずは生活に必要な瓶を作り続けたそうです。そして昭和23年、ついに途絶えていたガラス風鈴の製造が再開され、再び伝統が始まります。 ところで、風鈴のルーツとはどのようなものなのか。それは中国の唐の時代にまでさかのぼります。当時の風鈴は竹林に下げて風の向き、音の鳴り方で、物事の吉凶を占う道具でした。名前を「占風鐸」(せんふうたく)と呼び、日本には仏教などと一緒に渡来します。お寺の四隅にかかっている風鐸として、ガランガランと鳴る音が魔除け・厄除けとして使われ、その音が聞こえる範囲の住民には災いが起こらないといわれました。平安・鎌倉時代の貴族の間では縁側に下げて、外から疫病神が屋敷の中にはいるのを防いだと「六学集」という書物に書かれています。つまり、疫病神や死神のような悪い神様が近づかないために風鈴が用いられていたのです。 不況下のこの時代、つい物事をネガティブに考えてしまいます。しかし、それこそがまさに疫病神を招いてしまうことになります。だからこそポジティブに考える思考の癖が大切になります。そして、その傍らに魔除けの「風鈴」を吊るしてみてはいかがでしょうか。 人の願いが寄せられる物体として300年間積み重ねられたパワーは絶大だと思います。ちなみに、江戸時代初期の風鈴1つの値段はなんと現在の価値で200万円だそうです!「300年後の今は当時の1000分の1の値段で買えるのだ」と思うこともまたポジティブシンキングではないでしょうか。(笑) 暑い夏。皆様、お体ご自愛くださいませ。 |
![]()